San Antonino③

お腹も膨れて、あけみちゃんの楽しみにしていた刺繍の職人さんのところへ行ってみよう、というわけで、その職人さんの下の名前だけを頼りに探すことになった。

「念のため、この店のおばちゃんにも聞いてみよう!!」

とおばちゃんに聞いたら、

「知らん」

とばっさり。やっぱり、いくら小さな町だからと言って、下の名前を言ったくらいで人が見つかるほど世の中は甘くない、と思った。

すると、姉妹たちが何やらおしゃべりをしている。

「あの人じゃね??」
「ああ、ほんまや、いたじゃん、マリアさん!」
「いや~だ、すっかり忘れていたわよ」

的な会話が交わされた後、ひと言、

「この店の向かいに店を構えているよ」

それを聞いて、さすがの私たちも目が点になった。ええー!!こんなことがあるだろうか。しかも、一見文房具屋さんのなりのそのお店で、職人さんがいてるだなんて想像もつかなかった。日曜日なのであいているかどうか微妙だったので、おそるおそるドアをノックしてみると、どうもあいている。

あいたことにびっくりしていると、人が中から返事をしている。おばちゃんがやってきて、

「あのう~、刺繍見せてほしいんですけど……」

というと、「入りな、入りな~~!!」と招き入れてくれた。がしかし、どう見ても文房具屋さんなんである。きょとんとあけみちゃんと立ちすくんでいると、「こっちこっち」とさらに奥へ案内された。


日曜日だったので、さすがに作業はしていなかったけれど、作品たちを見せてもらった。そして、作りかけの刺繍も見せてもらって、その細やかさにもう、ただただ、「ぎゃーー」とか「すごーーい」とかを連呼しまくるだけの2人だった。

マリアさんと、その妹のセシリアさんも出てきてくれて、一つ一つ丁寧に刺繍の説明をしてくれる。技もすごくてマンタという布の一部の横糸をごそっと抜いて(2センチくらい)、残った縦糸を選ったり、結んだりしながら、新たに横糸を加えてパタンをつくるという気の遠くなるような細やかな加工をしている途中だった。

次から次へと魅せてくれるシャツやスカートのかわいさに、これはやられたーーーというわけでもう、きゃっきゃきゃっきゃとはしゃいでは、技について質問したり、教えてもらった技が他のシャツに使われていると、「おお!これは!!」と食いつき鼻息を荒くしていると、うんうん、と優しく微笑んでくれた。

そして、「どれでも試着していいんだよ」と言ってもらい、試着に次ぐ試着。

かわいい。

もはやそれしか言うことはない。しかし、この時点で私たちは値段を知らない。そこにだめ押しのようにとっておきのかわいいやつを持ってきてもらった。

この刺繍の技術は、基本的には家族間で伝承されていくもので、マリアさんたちはおばあさんから教えてもらったそうだ。そして今は、マリアさんたちの姪っ子にその技を教えている最中なのだそうだ。もちろん、伝統的なパタン、デザイン、色遣いがあるのだけれど、彼女たちは新たな試みもしているのだそうだ。

その「とっておきのかわいいやつ」は、まさにその新しい試みが施された一品で、伝統的な色遣いが赤や青といった割にはっきりとした色なのに対して、少しキラキラした感じのパステルカラーの糸が使われていて、地になる布も白い布ではなく生成り色のマンタが使われていて、何とも言えないやわらかい雰囲気がにじみ出ている。

私はパステルカラーが似合わないので試着しなかったのだが、あけみちゃんが試着してみると、もうかわいいのなんの。

そして、ついにあの質問をするときがきた。

「い、いくらですかね??(ゴクリ)」

とびっりきかわいいやつの値段は、やっぱりとびっきりいい値段がして、そのあとにその他の値段が言われて、おお、なんかお得な気がする、という印象を受けた。あけみちゃんが真剣に悩みにかかって、

「でもね、着た時に重さが全然違うの」

ととびっきりのやつを指さして言った。私はこの時すでに通訳の役に徹していたので、それをマリアさんたちに伝えると、

「そりゃあ、値段が違えば、重さも違う」

という名言が飛び出した。本当にその通りで、とっておきのやつは持った感じで既にほかのどれとも違った威厳を放っていた。そして、「マンタの部分がすり切れても、この刺繍のところは残るよ」とつけ加えた。確かに、これだけ密に刺繍が施されていて、こんなにも重みがあるのだ。そん所そこらの布より強いに決まっている。

そんなわけで、あけみちゃんは悩みに悩んで、ついに頭をかかえてしまった。こっちもいいな、と他のシャツを手に取るのだけど、結局あのとっておきのやつに目が戻ってしまうらしだった。


「この子、完全にこれの虜になってしまったみたいだね」

と、マリアさんとセシリアさんが話していて面白かった。それをあけみちゃんに伝えると、「ほんとそうだよー!!」と言って笑った。そして、

「どれも似合ってるよー!!」

と姉妹は微笑むのだった。職人さんでもあると同時に商売人でもあるこの2人、うまいわ。と感心してしまったけど、本当にいいものは、あけみちゃんみたいに虜になって、どうにもこうにもそれを手放すことができなくなってしまった人に買われていくべきだと思った。ホイホイと即決できる金額ではもちろんないのだけれど。

でもやはり、作り手から直接買うというのは本当に楽しい。いろいろな疑問をぶつけられるし、想いも聞けるし。やはりものをつくるときには、遊び心というか、ここポイントやねん、ここみてほしいなぁ、というところがあるはずである。そういうのを聞くのはめちゃくちゃ楽しいし、作り手もまた楽しいはずである。

とてもいい買い物だったと思う。(あ……、私は今回は買ってないのですが……。)


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