伝えること


以前にも書いたことがあるかもしれないけれど、今の仕事のもっとも面白いところは「世界中からくるいろんな人たちに出会える」ということだ。別にその人がどこの国の人かなんていうことは別に重要なことではないのだけれど、それぞれの人を見ているとその人が生まれ育ってきた国や地域の文化や性質がしっかりと身についているから面白いな、と感じることが多々ある。

外国において日本人と言うのはやはりとても奇妙に映る。いいとか悪いとかではなく、なんか独特だな、と感じることが多い。(そして私もその一人なのだろう。)日本の人を見ていると、「空気を読む」人がとても多いと感じる。例えば、授業中に何かわからないことがあっても「ここで質問したら授業がストップして他の人に迷惑がかかるかもしれないから今は質問を控えよう」という類の空気の読み方だ。他の人のことを考えた結果、空気を読むわけだが、これは外国において(少なくともメヒコでは)あまり意味がないと思う。「わからないものはわからない」、それは声に出して言わなければ誰にも伝わらない。相手も日本人なら、「ちゃんとわかったかな??」「なんか、わかってない感じがするな??」とこれまた空気を読んで察してくれるということも考えられるが、「何も言わない=わかっている」、ととられてしまう方が一般的だと思う。欧米人は自分がわからなかったらひたすら聞きまくっている印象を受ける。どっちがいいとか悪いとかを言いたいのではなく、「空気を読む」と言う感覚がないことを知れたのが日本を離れてみたかいがあると思う。それに気づいたらあとはもうそれを受け入れて、声をあげていくしかない。私はそういうのが異文化に暮らす面白さだと思う。

欧米の人たちを見ているとよく「声に出すなぁ」と本当に感じる。例えば感謝の気持ちを具体的に伝えられることが多い。

例えば、"Gracias por tu trabajo.(Thanks for your work.)"と言われるときにいつも「おお!!」と思う。そして、「いや、これが仕事やから、いいってことよ!!」と思う反面、自分のした行為に直接感謝されているのでやはりうれしいな、と素直に思う。直訳すると「君の働きに感謝します!!」だけど、日本語ではそんな直接的な表現はない。意訳するとすれば「いつもありがとう」とかただ単に「ありがとう」に集約される気がする。文化が言語に影響しているのか、はたまたその逆か、と言うところではあるけどとても面白い。いずれにしても、これはいい文化だと思うから感謝の気持ちは具体的に伝えるようにしたいな、と彼らから学ぶところである。

もちろん、すべての人がそうというわけではないけど(残念ながら)、相手のことをいたわりながらも自分の意見をきちんと伝えるのは大切だと感じる限りだ。そういうやさしさの連鎖をつないでいけたらな、と思う。なんでこれを書き留めておきたかったかと言うと、今週終わっていった生徒さんたちにそういう優しい人たちが多かったのだ。わざわざ最後に一声かけに来てくれて、みんな笑顔で次の目的地へと旅立って行った。出会いが多い分必然的に別れも多いけれど、また会いたいと思う人たちに出会える機会が多いのは、本当ラッキーだな。そして、その人たちに再会できることを切に願う。

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