勇気とは

メヒコに暮らしていると、目を疑うような光景にしばしば出会う。最初は、何でもかんでもにいちいち驚き、「なんなんだ……?!」とぜぇぜぇはぁはぁしていたが、慣れとは恐ろしいもので次第にそういう光景が減ってきた。実際にはメヒコはそのままで、私の目が慣れてしまったのだろう。悲しいけれど。

しかし、この間久しぶりに「うおおお!」と言う光景に出合った。

あなた、マイケルジャクソン。でしょう……??

一度は通りすぎたのだが、異常に似ていたのであともどってまじまじと見てみたら、見れば見るほどにめっちゃ似ているんである。しかし、その作りは何ともチープ、雑なのである。それなのに何なんだ、この似ようは。ちなみにこのマイケル氏は、射的の屋台の一部である。マイケル氏以外にもいろいろな人形がいて（ほかのものはもっと小さい）、的を倒すとそのうちの人形のいずれかが音楽を奏でながら動くという仕組みである。

そして、見ているうちにとよこちゃんという友だちのことを思い出した。「ああ、とよこちゃんがいたら絶対二人で爆笑やのになぁ」と、せめて写真で伝えようと思い写メを撮って送った。

案の定食いついてきて、2人でしばらくマイケルについて、メヒコについて話していた。とよこちゃんはメヒコに今まで2回来たことがあるので、「さすがやな」と感心していた。そして2人の結論は、この完成度で堂々と人目にさらすことができる環境は、人々に勇気を与えるよな、ということになり、結局のところメヒコのすごさについて思い知ったのである。

グアダルーペという聖母さまがメヒコにはいて、彼女を祝う祭りがあったのでこの「マイケル氏」が公園に来ていたのだけれど、祭りの終了とともに、マイケル氏も姿を忽然と姿を消したので、この辺の異常な仕事の速さにもメヒコらしさを感じつつ、できればもう一度あの雑いマイケル氏を見たかったな、と少し切ない気持ちになった。

後日、シリアルと牛乳を買うためにスーパーに向かっていると、道が通行止めになって屋台まみれになっていた。聞くと、オアハカの聖母ソレダーをお祝いするおまつりが開催中とのこと。

次から次へとほんまようお祭りがあるなぁ、と思いながらすたすた人ごみをかき分けて歩いていると、上から視線を感じた。

視線の先を振り返ると、なんとそこにはマイケル氏がいた。この間観たのと全く同じ彼である。

「うおっっ」

と軽く叫び、まさか本当に会えるとはと鼻息荒くアイポッドを取出し写真を撮った。もちろん、とよこちゃんに報告するためである。

この間よりも少し首の角度が鋭くて、心なしかおでこが禿げ上がった感じもする。でも、絶対におんなじマイケル氏だ、とカメラを向けているといきなり、ズズズズンズズズズンとスピーカーが震えた。聞き覚えのある曲、「スリラー」である。

私がカメラを構えたのとほぼ同時くらいに、その時遊んでいたおじさんがマイケルに繋がれた的を見事に倒したらしいのだ。マイケル氏は激しく首と腰を振り、踊りだした。それこそ、首がもげそうなくらいで見ていてはらはらした。そして、泣きそうなくらい心の中で爆笑した。そして、しばらく調子よく歌い踊っていたのに、最後はマイケル氏から出ている電線のようなものを係のお姉さんがぐいっと強引に引いたと思ったらマイケル氏の動きがすっと止まった。何というせつなさ。

「いやぁ、再会したいと思っていた人にこんなに早く再会できるとはなぁ。ついてるなぁ。しかも、動いているところまで見れるなんて、いやぁ、引きあるわ、今日。」と思いながら、再び人の流れに逆行しながらスーパーへ。

そして、スーパーで買い物をして、せっかくいろんな屋台が出ているので、違う道を通って違う屋台をチェックしながら帰ろうと思った。

そんな私の前に現れたのが彼である。マイケルジャクソン!!

白いジャケット!より乱れた前髪!!着こなしがだらしない!!

「うっ」

とまたもや声をこらえきれず、撮影。そして、赤マイケルに続き、白マイケルが現れたことをとよこちゃんに報告。

「紅白マイコー合戦?」
「年末に向けて??」

とまたもやマイケル氏について談義。そして、赤だろうが白だろうが「勇気と元気をくれることは間違いない」という結論に至った。

いろいろなものに目が慣れてきた、びっくりしなくなってきたと思っていたけど、そんな私を軽々とメヒコという国とそこにいる人々は越えてくる。そして、驚きなのはメヒコの人々はそれを特別なことだと思っていないということである。

こういう時、自分が抱える日々の悩みが少し馬鹿らしく感じられる。生活をしているので決して楽しいことばかりではない。いやな思いをしていることもあるし、いやな思いをさせているかもしれないという不安もある。そういう様々な思いをあざ笑うかのように雑いマイケルを作り、並べ、お金を儲ける。まつりの終わりと同時に、どこへともなく消えていく。でも、どこかでまた音楽に合わせてスリラーを踊っているのかな、と想像すると勇気をもらう。

年末に向かって日々の速さが加速していく。そんな中で見た奇跡、の話でした。